エッセイ「不思議の国のスピリチュアルケア(1〜3)」について About my 3 essays of Spiritual care and Death-and-Life Studies.

2008年10月から2009年1月まで、『春秋』において3回にわたって連載したエッセイ(「不思議の国のスピリチュアルケア(1) 魂のケアのゆくえ」、「不思議の国のスピリチュアルケア(2) 死生学研究のいま・これから」、「不思議の国のスピリチュアルケア(3) 医療と宗教のあいだ」)についてですが、これまで色々な方々からどうやったらこのエッセイの文章を読めるのかというお問い合わせを頂いています。これは私自身の研究に関連したテーマで、より一般向けに書いてほしいという春秋社の編集者さんからのお声がけがきっかけで執筆したものです。初めて論文以外に一般向けのエッセイを書きましたので、色々とつたない部分も多いかと思いますが、今まで読んでくださった様々な方々からご感想を頂き、そこで頂いたフィードバックがまた私自身の研究や考察に影響を与えて…という、そうした交流が生まれたという意味で様々な思い出のある文章です。

お問い合わせに関してですが、ホームページの「ホーム」のところの「書籍紹介」内をスクロールして頂きますと、『春秋』の表紙が3つ出てきます。そこからクリックして入って頂きますと、CiNii(NII学術情報ナビゲータ[サイニィ]:論文や図書・雑誌などの学術情報で検索できるデータベース・サービス)からの検索情報をそれぞれ確認する事が出来ますので、大学図書館などからアクセスして取り寄せる事に慣れている方々は、こちらから検索して読む事が出来ると思います。問題は普段そうしたアクセスに慣れていない方がどう取り寄せるかということになりますが、実は春秋社の以下のホームページにアクセスしていただきますと『春秋』の定期購読とともに、今までのバックナンバーを取り寄せる事が出来ます。

春秋社:http://www.shunjusha.co.jp/magazine/560/

ただ記載されているものが2011年1月号までとなっており、私が執筆した回はそれよりも前ですので、バックナンバーの在庫が既にない可能性が高く、そうしたこともあり「書籍紹介」からはこちらの春秋社さんのホームページではなく、CiNiiの方にアクセスするようにしました。ですが今まで色々とお問い合わせ(こちらのホームページで読めるように直接掲載してもらえないか、または私のエッセイの箇所だけもpdfでダウンロード出来るようにならないか等)を頂きましたので、それを合わせて春秋社の編集者の方に著作権その他の確認をした上で、どのようにするかこちらのホームページで後日あらためてご報告させて頂きます。

今までお問い合わせいただいた方々について。死生学やスピリチュアルケアに関心のある研究者や実践に関わっておられる方々からももちろんですが、実際のところ前述のような方向性で書いたエッセイということもあり、他の論文等に比べると、実はそれ以外の一般の方や学生さん達からの問い合わせも多いのが特徴です。例えば先日私に直接コピーが欲しいと問い合わせてくれた友人は、お子さんの夏休みの宿題(いのちの教育関連)の参考資料に使いたいというのがその理由でした。また最近ご家族を亡くされたある方からは、死生の問題に興味が出てきたので読みたいのですが…とご連絡を頂きました。私自身も予想外な方からのメールでの問い合わせ等もあり驚いた事もありましたが、いずれにしても私のつたない文章が、何らかの形でお役に立てるようであれば大変光栄な事です。

その上で…実は研究者としての私は、こうして読んで頂いた方々からのフィードバックを受けた上で、最終的にはここを起点に自分自身の中で生じてきた新たな疑問が、その後の博士論文執筆の際に次の段階につながる重要な契機となった面があり、そういった意味でもこのエッセイの執筆は感慨深いものとなりました(その博論を元にした単著は、順調にいけば今年度中には出版の運びとなりそうですので、またご感想等頂けましたら幸いです)。現在もこの3つのエッセイは、死生学関連の講義やゼミを受講している学生さんからの要望を受けて教材の一部資料として使ったりしていますが、学生さん達が講義後、友達に読ませたいからコピーを取っていいかと聞きにきたりすることもあります。私の子供の頃の体験や留学時のエピソード等も入れて、基本的には肩の凝らない文章になっていますので、まずは気軽に楽しんで読んで頂けましたら大変嬉しいです。

Summary in English: About my 3 essays of Spiritual care and Death-and-Life Studies in Japanese (Title: Spiritual care in Wonderland), explaining how to access to them as they are not available on-line at present. English version of these essays may follow later on my hope page… hopefully.